食べ物の好みは、それぞれ。
このラーメンはうまいと感じる人、いやあっちのほうが好きだという人だっている。
うまいことを説明しようがない。
カレーはどのように盛り付けても、情緒がない。
素人でも、一流ホテルでもたいした違いがない。
情緒について深く考察した本があるかもしれないが、
日本人の情緒って、意外と世界には役に立つかもしれない。
日本人は、おおかた、すべてとは言わないが、清潔な場所を好む。
道路にゴミは少ないほうがいいし、食べ物は衛生管理が行き届いたものを欲する。
他人に不快感を与えるより、好感を持たれるほうがいいと考えている人が多いだろう。
お店の店員さんは、不愛想より丁寧なほうがお客だっていいだろうし、
お客だからと横柄な態度はまずいだろうと、おおくの日本人が思ってるだろう。
こういったことは、世界共通で、当たり前だと思いがちだが、どうも違うような気がする。
外交は、難しい。
人類みな兄弟、って本当なら、もともと国内で争いなど起こらないだろうし、
人権を大切にする社会なら、母国を棄てることもないだろうし、
つまるところ、他国の政情不安を、別の国が引き受けるという単純な図式になる。
人権意識を高め、貧富に格差をなくし、文明を積み上げてよりよい社会を築き上げていく、これができれば、問題などは発生しても国内で処理できるだろうに、
世界はそうはならない。
それができている国は、少数だろう。
世界の金持ち8人の財産は、36億人に匹敵するという報道がされたが、資本主義社会では当然の結果なのか、あるいは歪みなのか、わからないが、
それで、人権が大事だとか、争いはいけないだとか、難民は受け入れないだとか、それは通らない理屈のように思える。
執拗に追いかける、執拗にこだわるってことは、時に、大切な精神だと思うが、
日本にある水に流す精神も、時に大事なような気がする。
これのお陰でどれだけ人生が豊かになるか、
知らないことは、一種の不幸だろう。