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Channel: 虚空を観じて
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意外と

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列島日本は、思ったよりずっと進んでいたかもしれない。

しかも、縄文人は、それほど残酷な人々ではなく、かなり穏やかだったらしいという。



漢字が入ってくるまでは、日本には文字がなかった、と学校では教わってきたから、

ないものだと、思っていた。

ところが、漢字以前だと思われる文字が刻まれた石板が、あちこちにあるという。

しかしながら、文字がなかったとと、断定している考古学の根拠というか、歴史学の根拠はなんだろうか。

素人には不明だ。



文字はなくとも、言葉はあったのだから、何かしら記号のようなものはあったろうと思う。

インカ帝国には、文字がなかったが、隣村との交易とか、伝令とかの場合は、

キープと呼ばれるひも状のもので、結び目をつくり、数量なり、伝言を表したという。

これで、文字の代用をしていたとすると、かなり複雑だったと思われる。

なぜなら、インカ帝国の建設技術、染め物技術や土器作成技術はかなりのもので、それを次世代や誰かに伝えるには、

困難だろうから、このキープに頼ったのだろうと思う。

残念ながら、スペイン人の征服によって、キープを読み解く方法が失われてしまった。



漢字以前の日本にだって、隣人、隣村、とのコミュニケーションはあったろうから、なにかしらの手段はあったろうと思う。

縄文時代であっても、グループを作り、共同作業で作物をつくったり、狩猟をしたりと、さらに、

竹田先生によれば、世界最古級の土器は日本から発見されているというから、

文明的にも文化的にもかなり進展していたと思う。

ならば、文字あるいはそれに代わるなにかあったろうと考えるのは自然なことだと思う。



インカ帝国時代やそれ以前の遺跡からは、武器、つまり人を殺すための道具は、思ったほど発掘されないという。

それだけ、争いごとが少なかったことが想像される。

列島日本も同じで、争うごとは、極端に少なかったろうと思う。


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